2013年05月13日
苦い記憶
葉芽がなく、花だけになった最後の姿
先日、「プロフェッショナル~仕事の流儀」の後半が、弘前公園の大枝垂れ桜の救出風景だったことはここで書きましたが、これを見ていて苦い記憶が甦ってきました。
2006年、神社周辺市道沿いの稀少な山桜が瀕死の状態に陥った時の記憶です。
花が散った後には一枚も葉のない状態でした
この年、花は咲いたものの、同時に出るはずの葉芽がまったく見られなかったのです。
花の付いていない枝まで見られ、明らかに様子がおかしい。
この桜のある場所は中学校の駐車場となっており、市が道路を広げる際にかなり砂利を入れた土地でした。
環境が良くないなぁ、とは思っていたのですが、前年は見事な花を咲かせていたし、なにせわれわれも桜についてはほとんど素人の状態だったので、どうにかしようとは考えられなかったのです。
しかし、さすがにこの状態では何とかしなければいけないと、いよいよ救出のための作業を始めました。
多分に土地の問題であろう事は上記の理由からわかっていたので、まずは根の状態を調べることにしました。
重機で掘ってしまえば楽ですが、それでは逆に根を傷つけてしまうので、移植ゴテを使って少しずつ土を掘り始めました。
そして、掘ってみてはじめてこんなにも砂利だらけの土地だったことに気づいたのです。
掘ろうとするとすぐ小石にぶつかってしまうので、作業も遅々として進みません。
細いヒゲのような部分が大切なのですが、ほとんどありません
掘り続けること4時間、なんとか太い根の部分を見つけて状態を見てみると、ポロポロと千切れてしまい、ほとんどの部分が死んでいるのがわかりました。
中は空洞で、ポロポロと千切れてしまいます
根接ぎの知識や技術があればすぐに行っていたのでしょうが、このときは砂利を掻き出し、土の入れ替えを行うのが精一杯でした。
そんな作業をしていると知った仲間が、次々に駆け付けて来て一緒に頑張ってくれましたが、我々の努力も虚しく、結局夏を過ぎた頃には完全に枯死していることがわかりました。
桜は徐々に弱っていくものだと思っていましたが、こんなにも突然「枯死」はやってくるんだと、このとき初めて知りました。
泣く泣く伐採に至りました
その後も、このように突然枯死する桜をいくつも見てきました。
それらは「去年あれほど素晴らしい花を咲かせていたのに…」というものがほとんどでした。
危機に陥ったから、必至に花を咲かせるんですね。
だから、見事な花を見ても「もしや…」とついつい考えてしまうんです。
こうした苦い経験を繰り返さないためにも、今ある桜の樹勢回復は急務と言えるでしょう。
弘前公園に行ったことで、かなり刺激を受けました。
我々の経験値も、「桜川のサクラ」の知名度もだいぶ上がってきました。
声高に「桜川の保護育成を…」と唱えるよりも、今年はコツコツと樹勢回復に取り組むつもりです。
Posted by ug at 09:00│Comments(0)│サクラぐるひ
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