2008年09月26日

『サウスバウンド』

『サウスバウンド』

1時限目は算数だった。山下先生が黒板に方程
式の問題を書き、それを解くように言われた。
「ちょっと理科の実験の準備をしなくちゃいけない
から、ちゃんと解いててね」そう言って教室を出て
行った。南風小学校は、スローライフな学校だ。
「メヘヘ」校庭の隅の小屋で十兵衛が鳴いた。ふと
目をやる。白いヤギの後ろには緑の木々が生い茂
り、その外には目に痛いほどの青い空が広がって
いる。問題を解くのも忘れ、二郎は見とれていた。
 あの空の下のどこかに、父と母がいる-----
終盤の何気ないこんな一文に、何故かわからない
が涙がこぼれた。

『サウスバウンド』は、元過激派で型破りな父親を持
つ家族を、小学6年生の息子二郎の視点で綴った
物語。

税金など払わん、無理して学校などに行く必要は
ない・・・

決して権力に屈することなく、自分の信念を貫く、
とにかく破天荒な父親。

ある事件をきっかけに、一家は東京を捨て沖縄(
西表島)に移り住むが、ここでも父は大騒動を起こ
してしまう。

父といる限り平穏無事では済まない二郎と家族。

そんな父を煩わしく思っていた二郎だが、島での
生活と、周囲の人達の暖かさに触れて成長すると、
次第にその魅力に気づいていく。

冒頭の引用文は、島に溶け込み成長した、そんな
二郎の心象を表した一文。

二郎だけでなく、年上の男との不倫の末に捨てら
れた21歳の姉や小学4年生の妹も、いや、母まで
もが島で暮らすことで成長していく・・・根底に流れ
るのはそんなビルドゥングスロマン(教養小説、成長物
語)なのだが、これを沖縄に伝わる「アカハチ伝説」
の現代版として“いっぺー”面白く仕上げられてい
るのだ。

一発で奥田英朗ファンになった。

単行本では1部2部となっているそれは、文庫本で
は上巻と下巻に分かれており、上巻が東京、下巻
が沖縄と舞台が分かれる。

配分としては上巻である東京での物語の方が長
いのだが、読み終えてみると、その濃密さからか、
殆ど沖縄が舞台だったような錯覚に陥る。

冷静に見ればハチャメチャな物語で、決してこんな家
族はいないと思うのだが、なんとも憧れてしまう。

…島での生活にも。

マジ、この小説を読んで沖縄に…それも八重山諸
島に移り住む人がいるんじゃないか?と思った。

また、小説の中には閉塞感漂う現代を、清く生き
抜くための、教訓とでも言うべき言葉が随所に散
りばめられ、勇気づけられる。

「二郎。世の中にはな、最後まで抵抗することで
徐々に変わっていくことがあるんだ。奴隷制度や
公民権運動がそれだ。平等は心やさしい権力者
が与えたものではない。人民が戦って勝ち得たも
のだ。誰かが戦わない限り、社会は変わらない。
おとうさんはその一人だ。わかるな」(リゾート開発会
社との戦いを前に父)

「我が家は沖縄の西表島に引っ越すことにしまし
た」
「あなたたちにとって、いい人生経験になると思い
ます。大学に行って会社員になるとしたら、多少
の不利益は被るかもしれませんが、そんな誰もが
歩む人生に、たいした価値があるとは思えないの
で、東京での生活を終わりにします」(母が二郎と
妹に向かって)

「人間は欲ばりじゃなければ法りつも武器もいら
ないと思います。これはただの理想かもしれませ
んが、島の人たちを見ていると、そんな気がしま
す。もし地球上にこの島しかなかったら、戦争は
一度もおきていないと思います」(二郎が東京の
かつてのクラスメートに送った手紙の中から)

いろんな要素が混じり合って、とにかく魅力的な
小説だった。

読み終えて間もない今、また読み返すだろう、読
み返したいと思っている。

こんな本はあまりない気がする。

『サウスバウンド』
『サウスバウンド』 (角川文庫 お 56-1)
奥田 英朗 (著)

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